ポロンを思い…。
今日もはっきりしない空模様。
自分の調子もいまいち頑張れない模様で…。
写真を整理してたら、ポロンの写真が。(3月に亡くなった犬です)
こんな写真もあったんだと、久し振りにポロンに会えたような思いに。
写真嫌いでカメラを向けると逃げる子でした。
だから、これ珍しい!
このイスに私が座ると必ず横に一緒に座ってました。
なんか、笑ってるようで…。
少し前に公園で出会ったゴールデンは不思議でした。
まだ若くてきれいな犬ですが顔が何となくポロンに似てたので
じっと見てしまいました。ところが、飼い主さんが手を洗っている間
私の方を向いて、私の顔をじーっと、目をそらさずずーっと。
「えっ? なに?」なんて心の中で言ってみました。
その時なにを思って私を見ていたのだろうか?気持を察した?
息子に話したら「人間でも通じんのに犬に通じるわけがない!」と
簡単に否定されてしまいました。
でも私は、人も言葉を交わさずとも伝わる思いがあると
思っています。良くも悪くも。
これって、どういうところで受け取るんだろ? 心かな?…。
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コメント
写真見て思い出しました。大きなゴールデンでしたね。塚原にも連れてましたね。亡くなったのは、3月でしたか。よくかわいがってましたね。ちなみに、今日は、義父が亡くなって1ヶ月。もうずいぶん昔のような気もするし。月末に49日の法事します。自宅でするので、新築してから22年ぶり、襖、障子張り替えました。
投稿: ミッチー | 2008年10月11日 (土) 10時35分
お義父様の四十九日ですか…。
それにしても大変ですね。襖も? 新しくなって気分も変わりますけどね。余程のことがないと。
ポロンのことを久しぶりにしみじみと。顔を見ると色々と思いだして悲しくなります。塚原も一緒に行けて良かったと思います。
投稿: 木の葉 | 2008年10月11日 (土) 11時51分
大切な家族、ボロンが亡くなって寂しい想いをなさったでしょうね。とても綺麗なお顔でしたね。
でもこうして木の葉さんの想い出の中にしっかり生きているのですから・・・ボロンは幸せだったのでしょう。。
投稿: komichi | 2008年10月12日 (日) 00時36分
有り難う、komichiさん!
ポロンの思い出に付き合って下さって、嬉しいです。あの子は犬でなく家族でしたね。一番優しいひとだったかもしれません。私にとってですが。
うちの子で幸せだったんですよね。
投稿: 木の葉 | 2008年10月12日 (日) 08時26分
何かで読みました。ペット(という名の家族)はこちらのしたことについて善し悪しのジャッジをしないから、人にとって癒しになるって。それを読んだとき、これはセラピストの究極の形だと思いました。
水飲み容器や、何かの拍子に新聞の上についた土のついた足跡まで、ひとつひとつが愛おしくて、涙がでます。それを時間が優しく優しく明日への気力に変えてくれる・・・。
どこで感じるのかはともかく、人同士も犬とでも、気配で通じ合うことはある、と私は思いますよ
投稿: kanako | 2008年10月17日 (金) 22時24分
kanakoさんも犬を飼っていましたか?
犬って相手の気持ちを察してくれたりするんですよね。悲しい時には傍にいてくれたり…。
言葉が無くても通じる気持ちをわかってくださるkanakoさんと本当にお話してみたいと、私も思います。いつかそんな日がきますかね。
投稿: 木の葉 | 2008年10月18日 (土) 11時33分